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福岡地方裁判所 昭和54年(わ)1290号 判決

主文

被告人を懲役一三年に処する。

未決勾留日数中二四〇日を右の刑に算入する。

押収してあるポリ袋片包み入り覚せい剤一包及びポリ袋入り覚せい剤一二袋はそれぞれ没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一  法定の除外事由がないのに、営利の目的で、昭和五四年一〇月二六日、別表記載のとおり、福岡市博多区石城町八番一号畠中ビル五〇二号の自宅ほか二か所において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩の結晶合計九八九四・五八二グラムを携帯あるいは隠匿して所持し

第二  所轄門司税関長の許可を受けないで

一  朴成寛及び李萬壽の両名と共謀のうえ、前同日午前一一時五〇分ころ、福岡市博多区沖浜町八番博多港中央埠頭第二号岸壁において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩の結晶二九六〇・四八二グラムを、同岸壁に停泊中の韓国カキ殻運搬船第一金魚号から陸上げしたうえ、保税地域である同埠頭から本邦内に持ち込み

二  右朴成寛と共謀のうえ、同日午後二時一〇分ころ、同岸壁において、右同様の覚せい剤六九三四・一グラムを、同船舶から陸上げしたうえ、保税地域である同埠頭から本那内に持ち込み

もって貨物を無許可で各輸入し

第三  金泰銀らと共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、前同月一六日ころ、前記自宅において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶合計約一〇キログラムを所持し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示第一別表1ないし3の各所為はいずれも覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項一号、一四条一項に、判示第二の一、二の各所為はいずれも刑法六〇条、関税法一一一条一項に、判示第三の所為は、刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項一号、一四条一項にそれぞれ該当するところ、判示第一別表1ないし3及び第三の各罪についてはいずれも懲役刑に処することとし、判示第二の各罪については所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑期及び犯情の最も重い判示第三の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一三年に処し、同法二一条により未決勾留日数中二四〇日を右刑に算入することとし、押収してあるポリ袋片包み入り覚せい剤一包は判示第一別表1の、ポリ袋入り覚せい剤四袋は同別表2の、同八袋は同別表3の罪に係る覚せい剤でいずれも犯人の所持するものであるから、いずれも覚せい剤取締法四一条の六本文により、かつまた前二者は判示第二の一の、後一者は判示第二の二の罪に係る貨物であるから関税法一一八条一項本文、三項一号ロにより、それぞれ没収し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

《証拠省略》によれば、被告人は昭和五四年六月以降前後二回にわたり、前判示第二記載の韓国人船員朴成寛から頼まれて、同人が韓国から福岡市博多港まで持ってきた相当量の覚せい剤を運搬しその都度一〇万円の報酬を得たことから密輸・密売人とつながりができたこと、同年一〇月二三日ころ韓国の右朴成寛から国際電話により、同月二六日博多港入港を知らされこれを待っていたところ、同日同港に入港した同人乗り組みの第一金魚号から、同人が同船で韓国から持ってきた覚せい剤約一〇キログラムのうち、先ず、その一部約三キログラムを同人及び同船船員李萬壽と共謀してこれを密輸入し(前判示第二の一)、次いで右朴成寛と共謀してその余の覚せい剤約七キログラムを密輸入し(同判示第二の二)、その後、これらを前記自宅等において所持していた(同判示第一)が、被告人は今回も従前どおり一〇万円の報酬を受けるべく期待していたこと、また、右各犯行以前の同年一〇月一六日ころ、右博多港に入港した韓国船進炅号の船員金泰銀らから頼まれて、同人らが不法に陸上げした覚せい剤約一〇キログラムを、東京から来福した密売人に売却するために、これを隠匿場所から取引場所たる前記自宅まで運搬し、同所においてこれを所持し、その報酬として三〇万円を得たこと、被告人は本件各関係の密売人の間においてはかなり信用のある「運び屋」として知られていたことが認められる。

しかして、被告人の本件における覚せい剤の所持量は総計約二〇キログラムにものぼるものであって、しかもそのうち約一〇キログラムは第三者の手に渡っており、その一回当りの使用量が通常〇・〇数グラムであることからいっても、その流した害悪は計り知れないものがあると言わなければならない。また、残余の覚せい剤が被告人の手もとに止まり、第三者の手に流出しなかったのは捜査機関の努力による早期摘発のためであったものであり、その故に被告人に特に有利に解されるべきものではない。

覚せい剤使用が一般市民層にまで浸透し、また覚せい剤の薬理作用がもたらす刺激性の幻覚・妄想に起因する発作的な破壊活動や積極的な犯罪行為が多発している事態は深刻な社会問題となっており、このような事態を防あつするためには、社会防衛の見地から、覚せい剤の密売人等に対しては、その引き起した社会的弊害に比例する適正な量刑が必要とされるところであるが、その弊害の大小を計る尺度たる要素は覚せい剤を取扱う手段、方法、態様、これにより得る利益の多寡等はもちろん、それにも増して重要なものはこれが数量の多寡であると考えられる。また、被告人は密売組織とのつながりが比較的薄く、また受けた利益若しくは受けるべく予定された利益もその覚せい剤の取扱い数量に比して僅少であったと言えなくもない。しかし、一般的に言えば、右のような従属犯的とも言える「運び屋」が、僅かの報酬で国民の被る害悪や自己の身にふりかかる危険を顧みずにその犯行を遂げていることにより右の密売組織が成り立っているのであり、特に被告人は外国船舶から本邦内に陸上げされた大量の覚せい剤を我が国内における密売組織に販売譲渡すべく行動したものであって、いわば我が国における覚せい剤流布の根源的場所において行動したものである。換言すれば被告人のような者の存在こそが覚せい剤のもたらす社会悪の根源となっていると考えられる。覚せい剤の密輸入・密売により多大の利益をあげている者が相応の厳しい刑事責任を負うべきであるのはもとより、本件被告人のような覚せい剤流布の根源的場所において行動する「運び屋」も自己の得た利益が比較的僅少であったからといって、その刑責を前者に比して特に著しく軽減されるいわれはないと考えられる。

右のような見地から本件被告人の刑責を考えるに、前記諸事情に徴すれば、被告人が比較的高齢であること、被告人の自白によって犯行の一部が明らかになったこと等被告人に有利な諸情状を考慮に容れても、尚その刑責は極めて重大であると言わざるを得ず、主文のとおり量定した次第である。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田久次 裁判官 佐伯光信 宮川博史)

〈以下省略〉

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